アイスクリームサマー!(前編)

<このSSはフィクションです。実在する藩国や組織、人物とは関係ありません>
<このSSは、6月のアイスクリームを加筆修正してタイトルと時期を夏に変更したものです>



 そのイクス・トーラシアという少年は、背の高い15歳の北国人である。
 彼は現在、旅行者だった。かなり大きな旅行用トランクひとつを持って、宰相府藩国の春の園に立っている。
 桜を見に来たのである。北国人である彼は、今、生まれて初めて桜を見上げている最中なのであった。

 ……その眼差しは、尋常ではない。
 じっと立ち止まっては桜を見上げているのだが、なんというか、えらく真剣なのである。
 なにかに悩んでいて、その答えを桜に見いだそうとしているような、そんな雰囲気であった。

 だから彼は、その少女の接近に気付かなかった。

 そのレイレイ・ケレネアという少女は、背の低い15歳の西国人である。
 彼女は現在、逃亡者であった。息を切らせながら、宰相府藩国の春の園を走って逃げている。
 追われているのである。桜を見上げる余裕もない。むしろ逃げる場所としては向いていない、
この桜の園に逃げ込んだことを後悔しているくらいであった。

 ……その眼差しは、尋常ではない。
 逃げ切ってやる。絶対に生き延びてやる。どんなことをしても。こんなところで捕まってたまるか。
 見通しが良すぎて隠れにくい桜の園を逃げ回りながら、レイレイは追っ手が来ていないか走りながら振り返って、
そしてたまたま、桜を見上げて真剣に立ち尽くしているイクスと、ぶつかった。

「きゃ!」
「うわっ!?」

 イクスは、運動神経とかまるでないので、そのまま枯れ木のように倒れた。
 レイレイは、勢いがあった分、バランスを崩して思いっきり転びそうになったが、なんとか耐えた。
 地面に倒れて見上げるイクスと、なんとなく彼に視線を向けるレイレイ。目を見開く。

 暖かな、昼下がりの午後のこと。
 吹き抜ける風が、桜の花弁を伴って、二人の間を駆け抜けた。

/*/

 アイスクリームサマー!

/*/

「ちょっと、貴方!」
 そう叫んだレイレイが、イクスの腕を引っ張って立たせた。そして走り出す。
 イクスは突然の出来事に目を白黒させながら、腕を引っ張られているので否応なく走るしかない。

「痛っ。痛い痛い! な、なんだお前はっ!?」
「うるさい! 死にたくなかったら走って!」
 もう片手で拳銃をちらつかせるレイレイ。西国人+サイボーグ+偵察兵+特殊部隊員であった。
 うわあ、という表情のイクス。こちらは北国人+テストパイロット+名整備士+チューニングマスターである。

「なんなんだよ!? 俺をどうする気だー!」
 生活ゲームでもあまり見ないだろう理不尽な展開に、思わず叫ぶイクス。
「だから走ってってば! というか遅っ! なんでもう息切れてるのよ貴方!?」
「……ぜえ……ぜえ……死ぬー!」
 走り出して5秒だった。本気で体力とかないらしい。

 レイレイ、目を血走らせて周囲を確認。
 公衆トイレを見つける。急加速。女子トイレの個室にイクスを連れ込んだ。
 幸い、二人以外に誰もいなかったらしい。

「俺、汚れちゃった……」
 なにやら述懐するイクス君。意味不明である。
 レイレイは気にせず鍵を掛けて、イクスを便座に座らせると、拳銃を彼に向けた。

「OK。荷物を全部出しなさい。今すぐ」
「白昼堂々、こんな方法で強盗っすかー!?」
「引き金は軽いわよ。急いで」

 あわわわ、と、こんな状況でも手放さなかった、かなり大きな旅行用トランクを開けるイクス。
 狭い個室でこの大きな旅行用トランクは扱いにくかったが、どうかお命ばかりはーっ! と、恭しく中身を見せた。
 レイレイは問答無用で、中身を全部捨てた。

「ああっ、お気に召しませんでしたでしょうかーっ!?」
 かなり本気で涙目なイクス・トーラシア。
 レイレイは、真っ直ぐにイクスの瞳を見つめた。真剣すぎる血走った眼差し。

 やばい。殺される。
 こんな風に死ぬなんて予想外だ。世の中なにがどうなるか分からないものだなあ!
 かなり混乱しているイクスに、レイレイ・ケレネアは、こう言った。

「私を、その旅行用トランクに詰めなさい」

 …………………。

 沈黙が生まれた。
 どん引きするイクス。リアル変態を目撃した気分。
 レイレイ、少し冷静になったのか、ちょっと慌てた様子。

「いや違う。違うからっ」
「世の中には、斯様な趣味を持った方もおられるのですね……」
「違うって言ってるからっ! というか、そんな若くして奇抜な趣味に目覚めた人を見る目で見るなっ!」
 拳銃をイクスの頬にぐりぐり当てながら、こほん、と可愛らしく咳払いする。

「実は私、追われてるの」
「自分の趣味に対する現実からの視線に?」

 BANG!

「実は私、追われてるの」
「いやもう追われてるなんて大変っすよねー!? お気持ちお察し致しますー!」
 壁に空いた銃痕にガクブルしながら、何度も死ぬほど頷くイクス。必死だった。
 だがしかし、レイレイも必死だった。

「……その。私、悪い奴等に騙されて。追われてて。狙われてて」
 ぽつぽつと語り始めるレイレイを、疑わしそうに見るイクス。

 ダメだ。
 こんな嘘っぽい理由では、とても信じて貰えない。
 旅行用トランクに隠れるのはいいアイデアだと思ったが、運び手のことまでは考えていなかった。
 もうダメだ。もうダメだ。

 レイレイは、瞳に涙を浮かべる。
 追いつめられて必死になっていた気持ちが、切れそうになる。

「私、死にたくない……故郷のアイスクリームが食べたい……」

 もはや説得とか、そういう言葉ではなく、それは心の底からの言葉だった。
 アイスクリームが食べたいとか、酷く幼稚な願いだと彼女も言いながら思ってはいたが、しかし、
今までの人生で一番楽しかった想い出は何だろうと考えたところ、故郷の遊園地で食べたそれぐらいだったのである。
そんな生き方をしてきた、少女であった。

「……………」
 イクスが目を細めた。難しい顔になる。
 その表情は、桜を見上げていたあの表情と同じものであった。

「分かった。協力しよう」
 少女が、伏せていた顔を上げる。
「ただし、よく聞け。聞くんだ」
 真剣な表情で、イクスは言った。

「今が最悪だなんて思ったらダメだ。本当の最悪は、もっと酷い」
 静かに、そう言った。
「だから、諦めたらダメだ」

 大真面目に言うイクス・トーラシアの言葉に、レイレイ・ケレネアは、思わず笑ってしまった。
 この少年は自分を慰めようとしていると思ったのだが、それにしても酷い慰め方だと思ったのである。
 それで、不覚にも笑ってしまったのであった。

「……わかった。頑張るわ」
 手で涙を拭う。まだ笑えるなら、まだ大丈夫なはずだ。
 こんなところで終わって、たまるものですか。

/*/

 この物語は、余命あと僅かと宣告されて、残りの人生の使い方を考えていた少年が、
 不幸な嘘吐きの少女に笑顔を取り戻させるまでの、儚い物語である。

/*/

 宰相府藩国の居住区にある、娯楽区。
 真昼の熱気がまだ抜け切れていない、気怠い夏の午後のこと。

 とても賑やかな娯楽区は、その賑やかさで熱気を跳ね返しているようにも見えた。
 立ち並ぶ、さまざま店舗などを見ながら歩くのは、いろんな藩国から来た観光客達だ。
 みんな楽しそうに、きょろきょろしながら、或いは親しげに話しながら、歩いていく。

 しかし、険しい表情を隠して歩く集団もあった。
 制服を着たの集団、わんわん帝国の秘書官達である。

「定時報告。対象は未だ見つからず」
「まだ見つからないなんて……本当に、春の園にはいなかったんですよね?」
「それについては人員を使って確認済みですので、春の園から出たとしか考えられません」
「他の区域にいるにしても、どうやって我々が包囲していた春の園から出られたのかしら……」

 そう会話しながらも、秘書官達の視線には隙がない。気を抜かず周辺を警戒している。
 彼ら、および彼女達は、チームで行動しているようであった。
 そしてどうやら、何かを追っているらしい。

「弱ったわね。何としても見つけないと」
「秘書官だけで内密に処理しないといけないのが痛いですね」
「最悪の場合、対象が宰相府から脱出してる可能性も……」
「とにかく捜索を続けましょう」

 そんな秘書官達のすぐ隣をすれ違う、北国人の少年がいた。
 キャスター付きの、大きな旅行用のトランクを、重そうに引っ張りながら歩いている。
 暑いのか、なにやらダラダラと滝のような汗を流していた。

「………………」
 少年、イクス・トーラシアは秘書官達とすれ違った後、しばらくそのまま歩いていたが、
すぐに建物と建物の間にある、適当な路地裏に飛び込んだ。血走った眼でトランクを横倒しにして開ける。

 トランクの中には、レイレイ・ケレネアがぴつたりと入つていた。

 膝を抱くように身体を丸めて横向きになって、言うまでもなく窮屈そうな状態であり、さらにキャスターがあるとはいえ移動時の振動は酷いもののはずだが、しかし恐るべきことに、この少女は目を閉じて寝息を立てていた。よほど疲れていたのだろうか。本当に寝ているのだ。

 それにしても、人間がトランクに入っている光景は、やけにインパクトがある。
 人身売買。ふとそんな単語が浮かんできて、イクスはぶんぶんと頭を振った。

「おい、起きろ。今すぐ起きろっ」
 乱暴に呼びかけるイクス少年。
「……んー、むにゃむにゃ。もう食べられないわ。ふふふ……」
 案外スタンダードな内容の寝言を呟くレイレイに、イクスのこめかみが引きつった。

「テメエ起きろ! この変態少女!」
「誰が変態少女よ!?」

 BANG!

「大変申し訳ありませんが、お目覚め下さいフロイライン」
「……どうでもいいけど、貴方って長生きできそうなタイプよね」
 拳銃をホルスターに戻してから、上体を起こして背伸びするレイレイ。

「死にかけたから! 反射的かつ奇跡的に反応して避けれたけど、死にかけたから!」
「あ、ごめんなさい。気が付いたらトランクに詰められてたから、思わず混乱しちゃって……」
「嘘つけ! 明らかにセリフに反応して殺意100%でクイックドロウしただろこの野郎ー!」
「……野郎じゃないもん」

 ふと気付いて、周囲を見回すレイレイ。
 そして怪訝そうにイクスに視線を戻した。

「どうしたのよ? まだ宰相府から出てないみたいだけど」
「ちょっと聞きたいことがあるんだが。さっき通りすがりに話を聞いて、もしやと思ってな」
「ん。なに? 急にかしこまって。まあいいけど」
「……お前、ひょっとして秘書官に追われるようなことをしたのか?」

 思いっきり視線を逸らすレイレイ。

「待てやコラぁぁ!」
「くっ、こんなに早く気付かれるとは……」
 弱ったなあ、という表情のレイレイだったが、しかし、すぐに表情を引き締めた。
 真面目な面持ちで、イクスを真っ直ぐに見つめる。悲壮さに瞳を潤ませた。

「……ええ、そうよ。確かに私は秘書官から追われているわ。でも! これには複雑な事情があるの! この瞳を見れば分かるでしょう? これが嘘を吐いている人間の瞳に見える? お願い、私を信じて……!」

 拳銃を抜きながら、キラキラした可憐な眼差しでイクスに送るレイレイ。

「信じられるかあああ!!!」
「な、なんでー!?」
「右手! その右手の物のまずい側がこっち向いてる!」
「しまった! つい条件反射で!」
「どんな条件反射だ!」
「え、ええと、気が付いたらトランクに詰められてたから、思わず混乱しちゃって……」
「いつまで混乱し続けてるんだお前はー!?」

 こほん、と咳払い。澄まし顔で拳銃をしまうレイレイ。
 そんな彼女を、もはやイクスはジト目で見つめている。

「……とりあえず事情を話せよ。なんか理由があって、こんな方法で宰相府藩国から出ようとしてるってのはわかってたけどさ。秘書官に追われてるなら話は別だぞ」

 わんわん帝國の国民で、秘書官を、そしてその背後にいるシロ宰相を畏れない国民はいない。
 レイレイの心に、焦りと不安が混じり始める。やばい。雲行きが怪しい。

「私の話次第では……私を、秘書官に連行するの?」
「まあ、それが正しい帝國臣民だと思うんだが、そのあたりは内容次第だよ」
「……じゃあ話の内容次第では、秘書官に連行しない?」
「ああ。しない」

 きっぱりと、イクスは言った。
 秘書官に非協力的だったということで、なにかの罪に問われる可能性はあるのだが。
 もちろんそんなことは、イクスもレイレイも知っているだろう。

 ふと、レイレイは、何故この少年がそこまで協力してくれるのか、今更ながら不思議に思った。
 精神的に追いつめられて、あの公衆トイレで思わず泣いてしまったのは、痛恨どころか死ぬほど恥ずかしい、
いっそ世界の歴史がリセットされる的な事態にでもなってくれないかと願うほどの出来事だったが、それだけでこの少年がここまで協力してくれるというのも奇妙な話だった。

 それとも。帝國ではこれが普通なのだろうか。
 泣いている非力な少女がいて、もしその涙が不条理ならば、万難を排して笑顔を取り戻す……とでも?

 そう考えた後、レイレイはあの時、彼に拳銃を向けていたことを思い出した。
 きっと彼は拳銃が怖いから、ここまで協力してくれるのだろう。とりあえず、そう思うことにした。
 それなら、話せるところまで話してしまおう。大丈夫。今までと同じ。
 拳銃は私を裏切らない。彼は拳銃を裏切らない。

「……私は、裏切ったの。だから追われるのよ」
 そして少女は、ぽつぽつと語り始める。

/*/

 軍隊に入れば食事には困らないよ、と誰かが言っていた。
 その言葉を聞いたのが、最初のきっかけだったのだろうと、レイレイは思っている。
 そして孤児である彼女が、故郷の藩国の特殊部隊に入隊できた理由は、努力以外の何物でもなかった。

 でも、自分のことで精一杯だったから。
 自分以外の人間もいるということを、さして彼女は意識していなかった。

 結局、それが原因だったのだろう。
 技術的にはともかくとしても、精神的にはまだまだ幼かったのだ。
 その特殊部隊内で、他の隊員と信頼関係を築けず、むしろ進んで孤独であるようにすら見えた少女が、やがて部隊から去ることになるのは、誰の目にも明らかだった。

 だからレイレイは、自ら部隊を、そして藩国を去った。
 ありったけの、その部隊から盗めるだけの、大量の銃器と共に。
 生きられるのならば、それでいいとレイレイは考えたのだろう。
 故郷を飛び出し、藩国から藩国を渡り歩く。何年も何年も。

 後ろめたいことや、法に触れることは、やった。
 明らかに社会の敵である組織に身を寄せていたことも、あった。
 己が頼れるのは、努力して身に付けた技術だけ。それ以外は、ほとんど嘘で塗り固めた。
 当時の年齢を考えれば信じられないタフさである。

 死ぬのは嫌だった。生きたかった。
 そのためなら何でもするし、どんな嘘でも吐けた。
 両親を失ってから今の今まで、ずっとそうやって生き続けてきた少女。
 ただ、ひたすらに生きたかった。死にたくはなかった。

 ふと思い出したように絶望して、死んでも良さそうな人生だと、レイレイ自身も思っている。
 年齢を重ねて精神的にも成長すると、その分、脆い部分も浮き出てくるのか、自分が悲しくて泣くこともあった。
 だから、そういう時は、自分に嘘を吐いていた。

 死にたくはなかった。生きたかった。生きて、何かのために生きたかった。
 その何かが、いったい何なのかは、まるで分からなかったが。
 しかし、それも生きていれば、いつかは見つかる。そう彼女は確信していた。
 確信していると、嘘を吐いて生き続けた。

 ……そんな風に生きていた、ある日のこと。
 とある組織に、レイレイ・ケレネアは加わることになった。

 たった4人だけのチームである。
 ある物を使って、ある目的を達成するために集められ、結成されたチームだった。

 そのチームの目的は、純度100%の犯罪行為であったが、レイレイは構わなかった。
 今更そんなことを気にする理由もなかったし、なにより、そのチームの目的に彼女は惹かれたのである。
 もしも失敗して宰相府にバレでもしたら、投獄どころか処刑コース一直線。
 地上から50メートルにある幅10センチの鉄骨の上を、スキップするくらい危険だった。

 それでも。それほどの危険度であっても、チームは集まった。
 それほどまでに、チームが目的として求めたものは魅力的だったのである。

 集まって、そしてそれは、実行される直前で………

/*/

「……ちょっと待て。何なんだよ、そのチームの目的って」
 イクスが口を挟んだ。さすがに気になったらしい。

「ある物を使って、ある目的を達成する、とか言ってたけど」
「ああ、ある物というのはね。金庫番が管理してる金庫の管理パスワードよ」

 イクスは吹き出した。
 冗談では済まない話である。

 金庫番は、ニューワールドの藩国および国民のマイルを含む資産の全てを管理している。
 そして同時に、金庫番には国家および個人の、資産あるいはマイルがマイナスになった場合にのみ、滅亡および死亡判定を行う権限があるのだ。

 その金庫番の管理パスワードを手に入れるということは。
 自分のマイルや、藩国の資金の桁を、2つほど付け足したり。
 気に入らない藩国を、こっそり国庫を改竄して吏族チェックの罰金に合わせて滅亡させることも可能だ。
 ……どちらも簡単にバレそうなものだが、逆に言えば、巧妙にやればすぐにバレることはない。頭の回る犯罪者であれば、悪用する方法などいくつも思いつくだろう。それが原因で国家の運営が停滞するようなことがあれば、各藩国から関係者全員に責任が追及されるということも大いにありうる。

「……それで、手に入れちゃった、んですか?」
「というか管理パスワードそれ自体は、もう私がチームに入った時にあったの」
「ど、どどどど、どうやって入手されたのでっ!?」
「意外と簡単だったらしいわ。チームの中に夢使いの人がいてね。金庫番の■■さんとか、あと■■■■さんから■に■■して■■を■■■■、そんな感じで、夢使いの能力を駆使したらしいわよ」

#登場人物の発言の一部は、検閲により削除されました。
#この小説は、犯罪行為の手順とか明記しない、良い子に優しいクリーンな小説を目指しています。
#なお、この小説はフィクションであり、実在する藩国や組織、そこに所属する人物とは一切関係ありません。

 うわあ、という表情になるイクス。
 ■■さんも■■■■さんも、いずれも聞いたことのある有名人だった。

「それで管理パスワードを手に入れて、どうしたんだよ?」
「今にも滅亡しそうなくらい政情不安な藩国とか、吏族チェックで罰金の多い藩国の口座を操作して、資金やマイルを引き出す予定だったわ。管理が怪しそうなところほど、引き出すのも容易だろうということで」

「予定だった?」
 イクスがそう言うと、レイレイは、何とも言えない奇妙な表情を浮かべた。
 それは、どこか苦々しいような、恥ずかしいような、後悔しているような、そんな曖昧な表情。

「チームを裏切ったの」
「……え? なんだって?」
「管理パスワードが悪用される寸前で、宰相府に通報してやったのよ」
 きょとんとした表情のイクス。訳が分からないと顔に書いてあるのをレイレイは読み取った。

「そのチームの他のメンバーが気に入らなかったから。多分、嫌がらせに」
 うわあ、と思わず声に出すイクス。とんでもない理由で裏切る人間がいるんだなオイ。
 しかも多分とか言ったよこの子。すげー。

「まあ何となく、かしら。なんか面倒になったというか、ね」
「で、でも、それじゃあ別に秘書官から逃げ回る理由なんて無いんじゃないのか?」
「情報をリークするから自分だけは見逃して、と交渉するのは確かにセオリーなんだろうけど、私の場合はそういうのをやる暇とか無かったから。本番の土壇場で、普通に交番に通報するノリでやっちゃって。それで当然と言えば当然の話なんだけど、チームのメンバーが怒っちゃってね」

「そりゃまあ怒るだろう。というか、怒るってレベルじゃないだろ。それ」
「というわけで現在、秘書官団とチームのメンバー達の両方から逃げる羽目になった可哀想な美少女こと私でした。お終い」

 まあ、間抜けな話よね。
 そうレイレイは、自分の行為についてまとめた。

「お終いじゃねえよ」
「え?」

 ふとレイレイが見やれば、イクスが真っ直ぐに彼女を見つめていた。
 その瞳が、何かの感情で輝いている。きょとんとするレイレイ。

「この件だけで言えば、お前はとんでもない犯罪を未然に防いだわけじゃないか」
「ま、まあ、そうなる……のかしら? 全然まったく実感ないけど」
「正直言って見直した。というか少し感動した」

 うんうん、と頷くイクス。
 レイレイは瞳をぱちくり。そして慌てる。

「あー、あー、いやね? 別に正義感とか、そういうのじゃないからっ」
「こやつめ。ハハハ。そんなツンデレしなくてもいいって」
「いやそのっ。ツンデレとかじゃなく、本当に自分本位でやったわけで……」
「例えそうだとしても、お前がやったことは、やっぱりどうしようもなく正しいことだと俺は思うぞ」

 どこか晴々とした表情で、イクスはレイレイを褒めた。
 褒められることにまるで慣れていないため、レイレイは大いに赤面する。

「………いえ……誤解ですので………」
「うん、決めた。俺はお前の手伝いをするよ」
 イクス・トーラシアは、レイレイが初めて見る優しい笑顔で約束する。

「お前に、故郷のアイスクリームを食べさせてやる」
「アイスクリームの話は思わず言っただけだから忘れてーっ!!」

 爆発したように真っ赤になるレイレイ。
 思わず口から出たとはいえ、さすがにあの告白は死ぬほど恥ずかしいらしい。両手を地面についてヘコんだ。
 それにつけても、アイスクリームはないだろう。アイスクリームは。もっと他になかったのだろうか。

「……我ながら、だいぶ精神的に追いつめられていたとはいえ……!」
「いや、いいじゃないかアイスクリーム。ちょうど夏だしさ」
 レイレイは、イクスを睨み付けて拳銃を抜いた。
 少年が悲鳴を上げて回避行動を取ると同時に、連射。彼の背後に向けて。

 BANG!
 BANG!

 途切れるような悲鳴。何かが倒れる音。

「え?」
 振り向くイクス。そこに………
 頭部を撃ち抜かれて、絶命して倒れている女性の姿。
 比喩表現抜き、描写トリック無しの、今さっきレイレイが撃ち殺した死体が倒れていた。

/*/

「逃げるわよ!」
 レイレイはそう叫びながら、駆けだした。
 イクスは呆然と死体を見てから、トランクを拾い、怒りながらレイレイを追いかけた。
 娯楽区の路地裏を、少年と少女が駆け抜ける。

「おい! テメエこの野郎!」
「野郎じゃないから! なによ!?」
「さっきのあれ、お前の追っ手なのか!」
「そうよ! だからなんなのよ!」

 イクスの怒声に、怒鳴り返すように言葉を返すレイレイ。
 必死だった。なりふり構わず全力で逃走モードに入っているらしい。
 彼女を追って走りながら、激しく息を切らせつつ、それでもイクスは叫んだ。

「なんでいきなり殺すんだよ! そんなの許されると思ってるのかお前!?」
「あー、違う違う違う! あれは不死身なのよ!」
「はあ!?」

 素っ頓狂なイクスの声を聞きながら、レイレイは目を細める。急ブレーキ。
 イクスも慌てて足を止めた。二人の視線の先、薄暗い路地裏から表通りに出る、まさにその出口に。
 両手を腰に当てて、不敵に笑っている女性の姿があった。

「ふっふっふ……いきなりやってくれるわね、レイレイ」
 どこか巫山戯ているような、楽しんでいるような、しかし眼差しだけが異様に鋭い。
 そんな女性である。イクスは、この女性の服装に目をやった。

「秘書官の制服を着てないということは、ひょっとして………」
「そう! 私の名前は、カヤコ・ヤミミズ! そこのレイレイ・ケレネアとは同じチームの」

 BANG!
 BANG!

 ぶっ倒れる女性。
 頭部に2発。即死。

「おおおおおいっ!?」
「だから気にしなくていいからっ」
「いやいやいやいやいやいや、ここはどう考えても突っ込むところだろうがっ!」
「……あの女の名前は、カヤコ・ヤミミズ。チームのメンバーよ。全藩国指名手配中の連続マイル強盗で……」
 レイレイは告げる。険しい表情で。

「決して死ぬことがない、不死身の第七世界人よ」
「その通り! これで本日3キャラ目っ!」

 そう叫びながら、イクスとレイレイの背後から、勢いよく新たな女性が現れた。
 うわあ! と振り返るイクスと、振り返らず機械的なバックハンドで射撃するレイレイ。

 BANG!

「うわきゃっ!? ちょっと危ないじゃないー! 死んだらどーするのよどーするのよー!?」
 通路の角に隠れながら抗議するその女性は、つい先ほど、そしてその前に死んだ女性とも別人である。
 しかし、妙に雰囲気だけが同じであった。カヤコ・ヤミミズ。混乱しながらもイクスは思い出す。
 思い出したのは名前と、そしてフィーブル新聞の記事であった。

「カヤコ・ヤミミズ!」
「イエス! アイアム!」
 親指を立てるカヤコ。

「藩国マイルを勝手に使って藩国を追い出されたり、手紙を利用して架空の口座にマイルを振り込ませたり、実際には存在しない店をオープンして一方的にマイルを稼いで夜逃げしたり、所属藩国のI=Dを無断で持ち出してたくさんマイルを持ってる国民からマイルを強奪したりして逃走中の、あのカヤコ・ヤミミズ! 第七世界人だったのか!」

「その通り!」
「第七世界人は死なないって噂だったけど、まさか別人になって生き返るとは!?」
「………いやー、新規国民がいつでも入国OKなの利用してキャラ複数用意してるだけなんだけど………」
 ごにょごにょと何やら言い訳するカヤコ。イクスとレイレイには意味が分からない様子。

「まあ、それはともかく……ICG 私、カヤコ・ヤミミズは裏切り者を始末する!」
 謎の呪文? を唱えて、ギロリ! とレイレイを睨み付ける連続マイル強盗。

「この裏切り者めー! よくも私の壮大な計画を、ご破算にしてくれたわね!」
「とりあえず聞くけど。壮大な計画って何なんだよ?」
「今年の夏は、リアルお金をケチってヤガミとかマイトとかを連れてキノウツン旅行社の旅行プランで海水浴や温泉や食事やカジノに興じるつもりだったのよ! リアル友人には、いい男達と海外旅行に行ったとか説明する感じで!」

 ……ある意味、壮大に切ない計画であった。
 イクスとレイレイには、いまいちリアルがどうこうというのが分からなかったが。

「カヤコ、悪いけど見逃して貰えないかしら。貴女と遊んでる暇はないのよ」
「こっちは盛大に遊ぶつもりよ! まだ秘書官達に、私がここにいることはバレていない……」
 カヤコは邪悪っぽく口元を歪めて見せた。悪役ロールである。

「もうチームは解散しちゃったけど、私は独自にアンタを殺させて貰うわ! それが私の復讐! そして、それが私の夏の想い出になるのよ! もうなにもかもキルゼムオールだわ!」

「あのー、それってもしかして……」
 申し訳なさそうに、手を挙げるイクス少年。
 カヤコ・ヤミミズは目を細めて、寂しげに微笑する。

「あー。うん、まあ。きっといいことあるよ。来世で」
「やっぱり俺も殺されるんですねー!?」
「私がここにいるって通報されたら困るし! 運が悪かったと諦めて死になさい!」

 BANG!

 即死するカヤコ。通路の角から少しだけ頭を出した瞬間を一撃。
 半眼になって拳銃をホルスターに戻すレイレイ。

「急ぎましょう。銃声を聞いて誰かが駆け付けるかも」
「……お前が殺伐としているのか、あいつの存在が異常なのか……」
「カヤコ・ヤミミズは、自己中心で我が儘で後先考えなくて馬鹿だけど」
 再び走り出すレイレイに、また息を切らせながら走り出すイクス。

「あいつがICGって、どういう意味かは知らないけれど宣言したら、あの女は絶対に妥協しないわ」
 かなり足の遅いイクスの手を引きながら、忌々しそうに少女は目を細める。
「要するに、あれはあれでプロなの。しかも不死身だから……」
「アーハッハッハッハッハッハハッーッ!!」

 頭上から笑い声。見上げれば建物の屋上に、人の影。
 なにやら先程とは違う女性が、巨大な箒型銃を持って高笑いしていた。
 頭痛がするレイレイと、思いっきり半眼になるイクス。

「つまり、しつこい?」
「そういうこと」



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