ある第七世界人の話

<このSSは、FPHの百物語企画用に書いたものです>



 蝉の音が煩い、真夏の商店街。
 私は、行きつけの駄菓子屋でアイスを買って帰ろうとしていた。
 なんとも冷たそうなそれを持って歩いていると、商店街の外れの公園で、同じ小学校のクラスメイトを見かける。

 スナコ・シャイニング。
 同じクラスで一番よく喋る子で、長い深紅の髪の少女。
 まあ、私も同じ赤色ではあるのだが、どうにもこの子のほうが綺麗な気がする。何故だろう。

 この夏休みの期間中に、彼女に会うのは初めてであった。
 彼女は誰かを探しているのか、きょろきょろと周囲を見回している。
 隠れん坊でもしているのだろうか。気紛れに、ちょっと公園に行ってみることに決めた。

 私は声をかけてみる。
 スナコ・シャイニングが振り向く。

 ……その瞳が、隠しようもないくらいの憎悪で燃えていた。

 思わず、私は絶句する。
 とてもではないが、小学生の目付きではない。
 停止した思考の中で、蝉の鳴き声だけが、まるで出来る悪いゲームBGMのように響き続ける。

「ああ。おはよー。今日も暑いねー」
 にっこりと笑う、スナコ・シャイニング。
 いつもの笑顔。なにごともなかったかのような。

「なにか、あったの?」
「…………………………」
 スナコは、にこにこと自分を見つめている。
 いつものように。夏休みが始まる前と同じように。

 だが、私は気付いてしまった。
 その瞳だけが、やはり笑っていない。
 まるで値踏みするよう、だった。

「ねえ」
 彼女が言った。
「私達、親友だよね?」
 いいえ違います、などと言えるような雰囲気でもなかったので、私は頷く。

「知ってる? 連続マイル強盗事件」
 唐突な話題転換であった。私が思わず眼を白黒させていると、
「あの事件で逃走中の犯人が、第七世界人で、このあたりに潜伏してるんだって。許せないわ」

 スナコの瞳が、本気の憎悪で揺れている。
 口元だけが、三日月のように裂けて笑っていた。

「だって…………」

/*/

 以下は、数日後に聞いた話である。

 スナコ・シャイニングの両親は、最近、仲が悪かったらしい。
 原因は分からない。恐らく小学生のスナコには分からないだろう。

 ただ、町内の奥様方の話によると。

『……よく旦那さんが、出張で出かけるとは聞いてましたけど、詳しくは……』
『……あー、あー。シャイニングさんねえ。あそこはよく喧嘩してる声が……』
『……私が聞いた話だと、シャイニングさんの旦那さんは第七世界人とか……』
『……あらやだ! ○○さんってば、それ信じてるの? あれは……』
『……三丁目の××さんの家も、第七世界人なのがバレて離婚ですってねえ……』
『……私も今の夫を捨てて、第七世界人になろうかしらねえ……』
『……やだわあ、もう! ……』

 第七世界人と奥様方が言っているのは、本当にそういう意味ではなく、最近、奥様方で広まっている暗喩の意味らしい。奥様方曰く、仕事で夜遅くまで帰ってこない夫や、出張からなかなか帰ってこない夫。家族にあまり干渉せず、家庭を妻に任せきりにしている夫。夫の携帯電話に知らない女性とのやりとりの履歴が多いとき、その夫は第七世界人かも知れないとのことである。異世界間で恋人や家族のいるリアル第七世界人からすると非常に笑えない話だろうが、私の知ったことではない。

 とにかく、奥様方の間では。
 シャイニング家の夫は、第七世界人じゃないかと噂されていたらしい。
 まあ、実際のところの真相は、分からないが。

 本当に第七世界人だったのかも知れないし。
 単純に仕事が急がしくて、家族と交流しない夫だったのかも知れない。
 ギャンブルにハマって、どうしようもなくお金を浪費する馬鹿な夫だったのかも知れない。
 隠れて浮気して、あまり家にいない、そんな夫だったのかも知れない。

 実際のところの真相は、分からない。
 ただ、結果だけは、この夏休みで明らかになった。

 ……話の落ちは、こうである。
 スナコが家に帰ると、父親と母親が居間にいたらしい。
 スナコは呆然と驚きながら警察を呼んだ。父親は死んでいたのだ。

「殺していません。夫は死んでいません」
 妻である彼女は、その血塗れの死体を、愛おしそうに抱きしめていた。
 そして何度も何度も、同じ言葉を繰り返したらしい。

「この人は……第七世界人なんです。きっと、すぐに帰ってきますから……」
 もし彼が帰ってきたら、その時は『疑ってごめんなさい』と謝りますから。

 だから、お願いです。あと少しだけ待ってください。すぐに帰ってきますから。
 だから、お願いです。その人を、連れていかないでください。すぐに帰ってきますから。

 何度も何度も。その言葉を繰り返したらしい。
 何度も何度も。何度も何度も。何度も何度も。何度でも………

/*/

「だって……私も、第七世界人なの」
 クラスメイトのスナコ・シャイニングは、そう告げた。
「本当は別の世界の人間なの。父親が第七世界人なのも、同じ第七世界人だから知ってるわ」

 数日後に事情を知って、私は理解する。
 彼女は、母親を信じたらしい。

 家庭が崩壊した彼女にとって、この世界は異世界になってしまったのか。
 それとも。彼女は異世界に行ってしまったのだろうか。彼女だけの異世界に。

「同じ第七世界人として、犯罪者なんて許し難いわ。きっと偽物の第七世界人よ」
 自分を第七世界人だと自称する、スナコ・シャイニングは語る。
「だって、私は第七世界人だけど、そんな人のことは知らないもの。うん。だからそいつは、偽物」
 そう言って、こちらを覗き込むように、赤い髪の少女が見つめてくる。

「偽物なんて紛らわしいものは、いないほうがいいと思わない?」
 そうかも知れないわね、と私は答えた。そう答えるしかない。
 彼女が第七世界人ではないのは明らかだが、しかし、彼女はそれを認めないだろう。

 ……だがそれは、この世で自分だけが第七世界人であると、そう言っているのに等しい。
 それ以外の第七世界人を、彼女は認めない。彼女は第七世界人ではないが、彼女は第七世界人なのだから。
 では、認めなければどうするのだろうか? 気にはなったが、私は言葉にしなかった。

「このこと、誰にも秘密だからね」
「うん。誰にも言わないわ。怪しい人とか見つけたら教えるね」
「……うん。ありがとう。カヤコちゃん」

 そんな会話をしてから、私、カヤコ・ヤミミズは、スナコ・シャイニングと別れた。
 きっと彼女は、この後も、第七世界人を探し続けるだろう。その存在を否定するために。

/*/

 公園を出てから適当に歩いて、他の人が見ていないのを確認してから、路地裏に入る。
 ログアウト。あっちで仕事するのは、しばらく止めたほうが良さそうだと、そう考えた。
 ……あっちで買ったアイスは、多分溶けて、なくなっている。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0